スポンサーリンク

こんにちは^^かおりです。

いつもはニュースについてはあまり書かないのですが、世界であまりにもたくさんのことが起こっているので、書きたいと思いました。

 

今アメリカで起こっている一連の差別の事です。

私はこれまでに何人か肌の色や出身国で差別する人に出会ってきました。

だけど、過去には、「それに負けないで海外でがんばるのがいいんだ!」と思っていたんですね。

さらに、最近ではコロナウィルスが中国で発生したというニュースを聞いたスペイン人が「アジア人=コロナウィルスに感染している」と思ったらしく、私も道行く人に「コロナウィルス」と呼ばれました。

わざと避けて通る人もいました。

子どもと公園に行った時には、「ごめんねコロナウィルス」とスペイン人の子どもに言われました。

 

私が差別する側ではなくて、実際に言われる立場に立っています。

 

だけど、これっていつでも逆になりうると思うのです。

 

私の祖父母は昔なにかあったのかわかりませんが、中国人に対してすごく偏見を持っていました。

私はその意見を聞いて育っていたので、子どもの頃は同じような考えを持っていました。

スポンサーリンク

 

でも、大人になるにつれて世界にはたくさんの人がいるし、「○○人だからこういう人」と決めつけるのは違うのではないかということに気が付きました。

 

タイプ分けして語りたい人はたくさんいるし、過去に何か嫌なことをされてその相手がたまたま、特定の国の出身だったとか、どこの都道府県出身だったとかですね。

 

ほんとうに、こういう考え方は、差別と全く関係ないと思われがちでしょう。

ですが、どこからが差別、どこからが差別じゃないってどうやって決めるのかなと思いました。

 

ここまで大きな事件にならなければ、私たちは考えない生き物だったのかなと思います。

 

私は過去に少しでも差別を受けたことがあるので、自分ができることとしては、差別について家族と話したり、もちろん自分の態度についても考えなければならないと思いました。

 

今日思い浮かんだ英語のフレーズは、

Do one’s part

意味は、「自分の役割を果たす」という意味になります。

コロナウィルスの感染がひどかった時には、こんなフレーズをよく聞きました。

Please do your part and stay at home.

 

私たちができることって何だろうと考えさせられる時なのだなと思います。

 

ではでは^^

スポンサーリンク